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薄紅色の花びらがはらはらと舞い散る中、
楽しかった生活もこれで終わりだと告げた
まだ10代でこんな事を言うのも変だけれど、
今まで生きてきた人生の中で一番輝いていた時だとも思える
それは彼と一緒に過ごせた一年
季節は巡り、呆気なく終わってしまう一年
カガリはスカートの裾が汚れるのも気にせずに
裏庭の芝生の上に座り込んでいた
ただ漠然と、今起こっている現実に目をふれさせたくなかった
やりきれない気持ちと焦燥感
いずれは来るべきことだった・・・・
わかっていたけれど、やっぱり悲しい
来年からは、完全に一人になってしまうと
大好きな彼はまた遠くに行ってしまうのだと
改めて考え出すと、自然に涙腺が緩んでくる
「アスラン・・・・・・」
ギュッと自分を抱きしめるかのように、小さく蹲った
せっかくここまで近くに慣れたのに
どうしてまた、お前はどっかに行っちゃうんだよ?!
カガリはまだ自分の気持ちを伝えられずにいた
「カガリ?・・・・・・・・・・・・やっぱりここにいた」
自分を探す声が遠くで聞こえた
そのまま通り過ぎてくれればいいと思った
けれど、声の主は見逃してはくれず
すぐさまカガリを見つけると憂いを帯びた声で呼ぶ
落ち着いた足音が近付いて、そのまま隣りに腰掛ける
「探しちゃったよ?式にはいたのに、どこ行っちゃったかと思った」
「・・・・・・・」
ちょっぴりふてくされた様に顔を背けていても、顔が見たくなるのは惚れた弱みで・・・
鼻を啜りながら彼の方を見上げた
「泣いてたの?」
「泣いてない」
「だって・・・・」
「泣いてないったら!」
強がりなのはいつもの事、ここで彼女を怒らせるのも悪い気がするので、アスランもあえて同調する
「カガリってば、俺のこと見捨てたのかと思った」
「え?」
「だって、すぐどっかに消えちゃったし、卒業しちゃうからもう用なしかと思ってさ」
「そっ、そんなことないぞ!!アスランは・・・・・ただ・・・寂しいなって」
しゅんとする小さな女の子
アスランは、その姿にいつかの場面と重なった
「ありがと・・・・カガリにそう言ってもらえるなんて嬉しいな」
「なんだよ、離れるのが嬉しいのか?」
「違うよ カガリにとって俺もキラみたいに大切な存在なんだなって」
「あたりまえだ!!」
思わず、カガリはアスランの制服の襟を掴む
アスランはというと、カガリに驚いて目を丸くしている
「あっ、そのっ・・・・キラみたいな意味じゃないからな?!」
しまった!!
これじゃぁ、告白しているみたいじゃないか!!
違う、違う!
私はこんな告白認めないぞっ
もっと、こう・・・
きちんと『好きです』って伝えたいのに!!
カガリの頭はパニック寸前になっていた
無論、頬も真っ赤に染め上げて・・・・・・
そんな挙動不審なカガリを見て、アスランは笑いを漏らす
「カガリ、図書室行かない?」
「図書室?」
「そ、ここだと誰か来るかもしれないし、ゆっくり話できない それに今日は図書室なんて誰も来ないさ」
「そうか、卒業式だもんな」
卒業式・・・・・
自分で言ってみて、また胸に刺が突き刺さった
そんな彼女に気遣ってか、アスランは優しく手を繋ぐ
無言で微笑めば、先ほどまでの彼女の曇りがちな表情にも笑みが零れた
アスランの予想は大当たりで、図書室は今日は誰も利用者がいなかった
まさに二人の貸切状態
「本当だ、誰も居ない!!すごいなアスランは!!」
カガリは思わずアスランを誉めてしまう
窓辺に駆け寄ると、外には卒業生やら在校生やらが記念写真を撮ったりと大盛り上がりだ
「床じゃなんだし、椅子に座ろうか?」
「あ、うん」
そういって、日当たりの良い奥のテーブルにいる彼のもとへ駆け寄る
カガリは顔が良く見えるようにと反対側に座ろうとしたが、
アスランから隣りに座ってとリクエストがあったので二人して並んで腰掛ける
「アスラン・・・・」
「今日はいいでしょ?」
座ったと同時に繋がれた右手と左手
彼も少しは照れくさいようで、ほんのり頬が紅くなっている
近くで見るアスランの整った顔
日に透ける彼の髪は、余計に深みを増し
それは深い海を思わせる
翡翠の瞳と共に揺れ動く
そんな彼と二人きり
今までだって、こうやって二人きりで話したり遊んだ事もある
けれど、今日は違う
なぜだろう?
今日で最後だから?
見つめられれば、その分心臓が痛いほど高鳴る
カガリは自然とドキドキが止まらなくなっていた
「カガリにはコレあげるよ」
「えっ・・・いいの?」
差し出された掌には彼の制服のボタンがあった
どこのボタンだなんて聞かずとも理解できる
「うん、カガリに貰って欲しい」
「・・・・・ありがと」
きっと私、顔なんか真っ赤になってる
アスランはどうしていつも平気なんだ?
暫く貰ったボタンを見つめていると彼が身じろぎした
「ア、アスラン・・・?」
「黙って」
見上げた彼はいつになく優しい顔をして
近付いてくる深い海色の髪がカガリの視界を完全に覆ってしまった
初めて感じた、掌以外の彼の温もり
嬉しくて、恥かしくて
涙が出そうになった
言葉はないけれど、充分満たされていた
誰もいない図書室で二人だけの時間が止まっていた
そして、彼がいなくなっても
こうしてずっといられるのだと
当たり前なのだと信じていた・・・・
好きになるとどうして話せなくなっちゃうんだろう
自分の身体なのに、言う事を利いてくれない
まるで自分じゃないみたいだ
彼の声を聞く度、ホッとする
近くにいるだけで、こんなにも幸せに思えるのに
なのに、なんで悲しい?
なんで辛いの?
追いかけた背中と言えなかった想い
気がついたら゛もう遅い゛って 諦めた自分に勝てなかった
もし伝えていたら、何かが変わっていたのかもしれない
何度も後悔した
時が経てば忘れられると思った
でも、時が経てば経つほど、好きが大きくなりすぎて・・・・・
ほら、今でもすぐ思い出せるんだ
暖かな掌の温もり、大きな背中、優しく微笑むその仕草も
全部全部、私の中で吸収して甦る
「アスラン・・・・・」
カガリは薄っすらと瞳を開けて現実へ戻ってきた
瞬きをすれば、ついさっきまで見ていた夢の痕が零れ落ちる
「・・・実習・・・・・・起きなくちゃ」
暫く、真っ白な天井を見つめていたが、意を決して起き上がる
゛頑張れ゛
そう自分に言い聞かせて
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2012/02/12