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あれから一週間後、今日から本格的な実習に突入する
せっかくの記念すべき第一日目というのに、今朝は雨が降っていた
これ以上本降りにはならないと予報で入っていたものの、ちょっと心配な雲行きだ
雫が落ちる傘を丁寧にたたみ、ビニール袋に入れる
「おはようございます ザラ先生」
「おはよう」
カガリは偶然下駄箱ではアスランと出会った
「大丈夫か?眠そうだぞ」
「ちょっとね」
「そのうち慣れるよ 頑張れよ」
「挨拶考えてたんだ」
「なんだそれで?」
クスっとアスランは笑う
「仕方ないだろ、ちゃんと挨拶しないと意味ないし」
「無理のないようにな 教師のタマゴ君」
子供のようにポンと頭を叩かれ、ちょっとだけ赤くなる
暫くそこで頭に手をやり、ポカーンとしていたが、
先を行くアスランに追いつこうとパタパタと小走りに後を追った
教員室に入るなり予鈴が鳴った
といっても、朝の全校集会までまだ時間がある
「おはよ、カガリ」
「はよ〜」
自分の机の隣りには親友のミリィとフレイの机も並べられている
「眠そうね 平気?」
「ん、大丈夫 挨拶考えててさ」
「簡潔でいいと思うわよ?」
「あ〜それにしても、私、今日の授業5時間もあるのよ?!」
「一時間全部あるの?そっか、国語教科だもんね」
「げ〜私まだチェックしてないや」
呑気にそんな発言をしているカガリに思わず引いてしまうフレイ
「あんた本当に目指してないんじゃないの?」
「なんだよ、いいじゃんかあとで確認すれば!」
「も〜この朝礼が終わったらすぐ聞きなさいよ?」
カガリは二人よりも先生になりたい気持ちが大きい
が、自覚の足りなさが時々あるのだ
ちょっとばかり何かが抜けている
そんな彼女の性格が二人に放って置けないという気持ちを抱かせ
なんだかんだいっても中学校時代から面倒を見てきているのだ
「それではミーティングを行います・・・・・・」
それを合図に各々が前方へと集まった
カガリは早速、アスランの隣りを陣取ると小声で今日の授業の数を聞いてみる
「授業?ああ、今日は1限と・・・・・3,4かな?」
「全部ないんだ」
用意してあったノートの隅に今日の授業の時間を書き込んだ
「そうだなクラスが8クラスしかないからな それに、歴史なんてそんなもんだよ」
「わかった」
カガリが返事を聞くと同時にミーティングは終わった
「カガリ、仕度できた?」
「ああ」
服をチェックしながらフレイがやってくる
「嫌だわ、一人ずつ壇の上に上がって挨拶か」
この後、すぐに全校集会がある為、生徒及び先生方は全員、講堂へと移動することとなる
「なんだ、フレイも気にしてたんだ」
「緊張しない方がおかしいわ」
フレイは両腕を組み、溜息をつく
この時期、この学校での実習生はカガリをいれてたった3人
しかも校長の挨拶が終わってからすぐに実習生の紹介へと事が運んだ
ミリィを筆頭にフレイが二番目に呼ばれた
彼女は本番に強いのか、毅然とした態度でマイクに向かい挨拶を始める
もっとも、相手は学生なので畏まった文などは通用しないので適当が一番なのだが・・・・・
用意された教員用の椅子に座るカガリ
隣りにいたはずのフレイは、すでに名前を呼ばれ立ち上がっていた
ええ〜?!
一番最後かよ〜!!
何気にフレイも真面目な事語ってるジャン!!
どうしよう
やたらと待ち時間が長いような・・・・・
いや、早く終わらせたいけど、来ないで欲しいよ〜!!
ドクドクと心臓の音がやたらと聞こえる
緊張のあまり握り締めた拳はジワリと汗をかいている
「・・・・・・・・・!」
とたん、ヒヤリとした別の体温が掌の上に重なった
伸びてきた方を見れば、彼が笑顔でこう答える
「落ち着いて、自分らしくいけばいいさ」
「・・・・・・っ」
アスランと声を出しそうになるのを我慢し、唇をかみ締めただ頷く
そしてカガリの名前が呼ばれる
意を決して立ち上がり、背筋を伸ばして前へ歩き出す
けして下を向かずに、視線は真っ直ぐ前を見据えたまま・・・
そんなカガリの姿を見送りながら、アスランは満足気に微笑んだ
ほんの少しだけど
勇気を彼から貰ったんだ
大丈夫
大丈夫だから
カガリは無意識に心の中で唱えた
アスランがいてくれて良かった
どうして、彼が発する言葉はこうも自分にとってプラスになることばかりなのだろう
カガリにとってアスランの存在がいかに大きいなのか、
それを気がつくのはもう少し後になる
その日の重大イベントでもある挨拶も無事に終わった事はいうまでもない
そして、漸く一日の終わりの鐘が鳴り、慣れない実習一日目から開放される
自分が思っていたより、生徒は自分を受け入れてくれて
カガリの気さくな性格と年上のお姉さんという解釈から、女子から圧倒的人気を得ることとなる
パタンと教室のドアを閉め、長い廊下を二人で歩きながら
カガリはアスランに教師としての役割や指導について質問攻めをした
彼女の熱心さに驚きはしたものの、アスランは決していい加減に馳せずにきちんと一つ一つ丁寧に答えた
やがて教員室が見えてくると二人の会話も自然に終わる
アスランは自分の席へ、カガリは臨時用の机へと向かい帰り支度を始める
ふうっとため息を落とし、鞄にノートやプリントをつめている最中、アスランが自分の所にやってきた
「一緒に帰る?」
「あ、いや・・・今日はミリィ達と先約があるんだ」
「そうか、じゃぁ仕方ないな どうせ、俺もまだ帰れそうにもないし」
「・・・・・・すまない」
なんで私が悪いと思うんだ?
誘ってきたのは向こうじゃないか?!
あ〜この場所に居づらい・・・
この空気をどうにかしてくれ〜!!
「何、一人漫才やってるの?」
「ふぇ?」
頭を抱えていたら目の前にフレイがやってきていた
「あれ?」
「ザラ先生なら、今しがた呼ばれて出て行ったわよ」
「そう・・・・・・」
「なーにヘコタレてんのよ!」
顔に出たのだろうか、フレイがニヤリと微笑む
「ち、違うよ!!私はっ・・・」
「あれがザラ先生ね」
「そう、ザラ先生」
ミリィとフレイはアスランを知らない
学年が二個上というだけあって中学時代はあまり交流もなかった
ただ、カガリだけは兄がいる学年でもあったため、よくくっ付いて歩いてたせいか
妹的存在として皆から可愛がられていた
無論、そんなことをなしえるのも、キラの正確のよさからくるのもある
「二人してなんだよ!!」
「噂通り、カッコいいじゃない 生徒にも人気があるみたいね」
「そうなのか?」
「あの容姿だもの」
確かに
それは自分も思いあたる節がたくさんあって・・・
しかし、生徒からの情報をたった一日で掴むとは・・・・・・
さすがフレイ、あなどれん奴
カガリは少し感心してしまった
「さ、帰りましょ」
「あんた、挨拶してから下駄箱に来なさいよね」
「フレイ 苛めちゃ駄目よ」
ミリィは苦笑する
「いいのよ、これくらいは!カガリわかった!?」
鞄を持ち、一緒に教員室を出ようとした時、
フレイに釘を刺された
「・・・・・・・・・・・」
カガリはその場で溜息を尽く
まぁ、さっきも話の途中で終わっちゃったし、
それに担任なんだ
挨拶はしてから帰らないとな・・・・・
周囲を見回して彼の姿を追う
アスランはすでに自分の席に着席していた
仕事をしているせいか顔は下を見たまま動かない
忙しそうだな・・・・・
とりあえず席の脇まで足を進める
「アス・・・・ザラ先生」
「ん?ああ、どうした?」
ゆっくりと顔を上げ、翡翠の瞳はカガリを捕らえる
「私、帰りますね お疲れさまです」
「ああ、お疲れさま・・・・・そうだアスハ先生」
アスランは何か思いついたかのように
白いメモ用紙にすらすらと何かを走り書きした
そしてソレをカガリの前に差し出す
「俺の番号」
「なっ?!」
始めは何コレといった風に受け取ってみるものの、
まさかそれがアスランの携帯番号とは気がつかなかった
学校の教員室でしかも、実習中だというのにプライベートな事を!!
不謹慎じゃないかお前?!
と言いたいカガリを遮るようにアスランは至って普通に言葉を続けた
「お互い番号知ってた方が何か緊急の際便利だろ?」
「ん?ああ・・・・・・そう・・だな」
私も先生のタマゴなわけだし、
生徒相手に何かあってからじゃ遅いしな
確かに
それも一理ある
わざわざ学校経由でアスランに連絡を取るだなんて面倒だしな
さすがアスランだ!!
「じゃ、君のもここに書いて?」
アスランは丁寧にメモ用紙とペンを彼女の方へ向けて置いた
「わかった」
なんか乗せられたような気もするが・・・・・・・
まぁ、いいかな?
恥かしがる自分を横目に彼に近づけた喜びを隠せない自分がいた
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2012/01/29